春が登場したのは三時間目のちょうど中盤に差し掛かったあたりだった。
「山崎、どうした?」
今は担任の真島の英語の時間だ。(正確にはOCTっつーんだけど知ってる奴だけ解ってくれ。)
「すいません。今朝はあまり体調がよくなかったので・・・。」
そう言って奴は口許を緩める。
俺は身震いした。本当にコイツは体調が悪いみたいだ。
「春、どーしたのかな?」
俺の前の席の田渕がわざわざ椅子ごと後ろを向いて俺に囁く。
「さあ。」
ただひとつ、言えるのは奴の様子がいつもと違うってことだけ。
春はあんな風に笑わない。いつも人を小ばかにしたような、見下したような笑いをする男なんだ。
「マジ大丈夫?」
「ありがとう。」
俺が問いかけると奴はまた、おかしな笑いをした。
「あ、悪いんだけど前の時間のノート見せてもらえない?」
春は申し訳なさそうに手のひらを合わせる。
「いいけど・・・」
いつもの春なら「俺はそんなんなくても成績がいいから」って言って構いやしないのに。
授業がはじまるチャイムが鳴った。
それと被さるように
ピピピピピピピピピピピピピ
皆一斉に音の方に振り向く。
このチャイムにすら負けないやかましい音は・・・
そう。間違いない。
・・・『影』レーダー・・・
どうすんだよ!修二!
「ごめん」
運よくまだ教師が教室に来てなかったので没収はなかったが修二は恥ずかしそうに頭を下げた。
どさくさに紛れてスイッチを切ったのか。音はピタリと止んだ。
「・・・」
修二は険しい顔をしてカバンで隠された手元を見つめていた。
昼休み
俺は半ば無理やり修二に記念館のロビーまで連れられ、座らされた。
「レーダー見たんだけどさ。」
「ああ。なんかあったの?」
「うん。俺の半径5m以内に『影』が居たって。」
「ああ。5m・・・って5m?!」
5mってことは・・・教室の中はおろか相当限られる。しかも見えてないって事は人に憑いてる。
・・・ってことは・・・
「まさか・・・春?」
「あそこまで様子が違うんじゃ、ほぼ間違いないよ。」
妙に納得。
「マジかよぉ〜オイ・・・」
額に手を当て「あちゃ〜」のポーズ。
「まだ確実じゃあないけどさ。放課後まで様子見てみよ。」
「それまでに何かあったらどうすんだよ。」
「そのときはそのときで。まあ用心しててよ。」
人事だからって。畜生!覚えとけよ。
今日は居眠りも、授業を真面目に受ける事もできそうにない。
優等生・ミズキ、超ショック!!
掃除の時間。
「何もなかったっぺよ。」
睡眠不足・田村聖尋樹(16)はホウキによりかかり、目の前に居る相棒(?)に文句を言った。
あ〜・・・数学は寝ておきたかったのに・・・。
「だけどそれに越した事はないよ?」
何故かたっぷりと寝ていらした相棒・渡部修二。
「うっせぇ!!俺の貴重な睡眠時間を返せ!!」
修二は俺の話をちゃっかりスルーしてさっさと机を運んでいた。
とうとう放課後。
亜紀を交え、俺たち三人はチャリ置き場で獲物が来るのを待っていた。
が・・・。
「ったく・・・いつまで待たせんだよ・・・」
「もう1時間っスね。」
「どうせ教室でイチャイチャしてんじゃん?」
俺はため息した。
俺だって彼女がいれば春と同じくイチャイチャできるのに・・・。
あっ。でも今の春は春じゃないんだっけ。
あまりに待たされてるもんだから つい本来の目的を忘れちまった。
「ねえ。ミズキ、渡部っち・・・」
「ん?」
「何?」
「春君のこと、好き??」
「ん?好きだよ」
修二はニコニコ笑いながら俺の顔を見た。
コイツは知ってる。春の嫌なところを。それでもコイツは笑って春を好きと言える。
俺はそんな修二が好きだ。なんちって。
「あ、春君と姫路さんだ!」
亜紀が持ち前の視力で歩いてくる二人を捕らえ指差す。
「隠れろ!!」
俺の指揮で三人は思い思いの場所に隠れた。
「どこ行くんだろ・・・ツタヤ?」
「やっぱM駅じゃね?」
校門を出た春と姫路さんを再び集合した俺たちはつけていた。
勘違いするなよ!これは仕事だ!!決して野次馬とかじゃない!!決して!!
二人はM駅方面のバス停に止まった。
そしてすぐにK団地行きのバスが来るとそれに乗っていってしまった。
「行っちゃった・・・」
修二の笑みには残念さの欠片も見えない。
「どうする?」
「もちろん続行」
俺の問いかけに亜紀は親指を立てニヤリと笑う。
オイオイっそれは古いぞ!!
「で、どうやって追う?」
亜紀が顔をしかめる。
「やっぱタクシー?」
修二が言う。
「そんなもんに高校生が金かけられっかよ」
俺は現実派。
「お金はあるよ?」
修二は財布を取り出してみせる。紙がいっぱい入ってる。しかもレシートなんかじゃない。
「嫌味かよ。つーかタクシーなんてなかなか来ないじゃん。」
それに修二におんぶにだっこなんて死んでも嫌だ。
「あーあ・・・タダで乗せてくれる車とか無いかなぁ・・・」
亜紀がため息混じりに言った。
世の中そんな上手くいくもんじゃない。
・・・なんて思ってたら。
「お、田村に渡部に秋山じゃないか」
「「「眞島!!!」」」
我らが一年二組の担任・眞島友義(34・英語担当)が愛車の外車に乗って俺たちの前に颯爽と姿を現した。
こ、これはチャンスだ!!!
「それが・・・コイツ、男とケンカしちゃったみたいで。怒ってバスに乗られちゃって・・・」
俺はポンと亜紀の肩に手を置く。
「え?何それ!!」
状況を把握できない亜紀を俺は睨みながら背中を押す。
「あ。そっか。そーなんですよぉ。お願いです。車に乗せてください!まだそう遠くには行ってないと思うんです。」
「お安い御用だ!」
眞島は親指を立てる。
何コレ、流行ってんの??
とりあえず俺たちは眞島の車に乗り込んだ。
「出発!」
眞島はアクセルを踏み込む。
「うわっ」
「えっ?」
「ぎゃヒッ!」
俺たちは思わず奇声を上げた。
眞島の車はビュンビュン他の車を追い抜いていく。まさに風!なんちって。
それにしても凄ぇスピード・・・酔いそう・・・
「あ、このバスです!」
すぐに例のバスに追いついた。
春、もとい『影』は一番後ろの席で姫路さんと楽しそうにしゃべっていた。
畜生。めっちゃ楽しそうじゃん。
「K団地行きのバスみたい。だから降りるとしたら中間地点のM駅かK団地のどっちかだと思う。」
亜紀は俺に向かって耳打ちする。
「何で?」
「K団地には姫路さんの家があるし服屋とか雑貨屋とかもあるからデートも充分出来る。」
ほっほーう。
今、M駅を通過した。でもM駅では二人は降りていない。
ってことは亜紀の予想が当たればK団地で降りる。
そして。
K団地の公園で二人がバスを降りた。
「降りたぞ!」
「行こう!」
「先生、ありがとう!」
三人一斉にドアを開けてドアを飛び出した。
しかし。当の眞島は可愛い生徒三人の喜ぶ姿を見ても何の反応もしない。
それどころか狐につままれたような顔をしている。
そんなに春と姫路さんが付き合ってるのが以外だったのか??
そのとき。
杖をついた70歳くらいのじいさんとすれ違った。さっきまでバスに乗ってたみたいだ。
・・・あ・・・
俺はさっきついたうそを思い出す。
亜紀ちゃん、ご愁傷様。
まあ俺のせいだけど。
「ひろくん、ごめんね!!あたしが悪かったわ!!」
亜紀はノリノリでじいさんに抱きついた。
眞島、超びっくり。
修二は腹を抱えて大笑い。
「遊んでないでさっさと行くぞ。」
奴は笑いながらもレーダーを見ている。
「反応、あるか?」
奴は頷く。
「もちろん。」
よし!そう言って修二はレーダーを学ランのポケットにしまう。
K団地の公園の花壇は12月なのに色とりどりの花で飾られていて綺麗だ。
ポインセチアが明後日の俺たちの幸せのために祈るように咲いてる。
なんてちょっとおセンチになってたら。
「ぎゃふっ」
亜紀が奇声を上げてコケた。
「いたぁい・・・血ぃ出た・・・」
泣きそうな顔をして俺と修二の顔を見上げる。
だーかーらー。そんな顔しても可愛くないから!
「そんなのつばでも付けときゃ治んだろ」
「出来るわけないし!!あたし女の子だよ?」
「そうかぁ?お前ならたやすくできると思うぞ。」
「ハイ。」
細い手が亜紀に絆創膏を差し出す。
修二の手にしてはやけに小さくて繊細な手だ。
俺は視線を亜紀から手の持ち主に移した。
「姫路さん?!」
姫路さんはにっこりと笑っている。
やっべぇ!ばれちゃったよ!!
「春の友達だよね?」
「え?ま、まあ」
俺は何度も頷いた。
ニキビが少し気になるけど長い睫毛で目はでっかくて髪はサラッサラで。やっぱり綺麗な子だ。
春がうらやましいを通り越して憎たらしく思えてくる。
「春君は?」
修二がたずねる。
「今公園のトイレ。あっちの・・・」
修二は俺のポケットに何かをすべらす。
ズシリと来た。レーダーだ。
「ねえ姫路さん。今日、春君の様子おかしくない?」
奴はあごで俺に向こうに行って来いと示す。
仕方なく俺は春の居る公衆トイレへと向かった。
「大かよ・・・」
自分にだけ聞こえるように口ごもらせる。
ノックしようか迷った末、止めにした。
キイイ・・・ドアが開く。
「ミズキ・・・君?」
春が出てきた。
目が血走っている。
俺はレーダーを見た。
反応・あり
「当然っちゃぁ当然か。」
ため息。
あらかじめ準備しておいた赤の弾丸の入った銃を春の胸にトンと当てる。
「待って。」
春。いや、春に憑いた『影』は銃口に手を添える。
「もう少し・・・お願い。」
「どうして?」
「一緒にいたいんだ。彼女と。」
泣きそうな顔をして俺を見る。
「・・・」
何も言えなくなった。
奴は姫路さんに惹かれていたんだ。
『影』は静かに口を開く。
「・・・彼女は・・・今、傷ついてる。だから。もう少しだけ、傍に居たい。」
俺はドキリとした。
「でもコレは春のだ。だから返せよ。」
胸が痛む。俺は嘘をついてる。
「いいよ。そのかわりイブまで貸して。」
「・・・あ、ああ・・・」
俺はゆっくりと頷いた。
「いいの?」
帰りのバスで亜紀が言った。
「いいも何もコイツが春になってりゃいいのにって思ったくらいだぜ?」
その方が春にいじめられてるやつも姫路さんも。俺すらも幸せだ。
「それにしてもそんなに優しい『影』が居るなんて。正直驚いたよ。」
修二は世界は広いんだな〜なんてのんきな事を抜かしながら外を見る。
駅前通りは貧乏クサイ電飾でかざられてピカピカと光っていた。
明後日・・・その日がなるべく遅くに来ることを、俺は目をつぶり、神に祈った。