土曜になった。

明日は美咲が退院するからこれからはデートもできる!ひゃっほう!!

「ミズキ。今相当サムイこと考えてる?」

隣を歩いている亜紀が言う。

奴の今日のファッションは大きめのカーデガンにチュニックと11月の頃と比べて大分女らしくなっていた。

右手の小指にはピンキーリングの変わりに白い包帯がぐるぐると巻かれている。

「サムイってなにが?」

「美咲は俺にフォーリンラヴーとかラブラブデートでロマンチックキッス・・・とか」

「考えてねーよ!!どこの変態の話だ!」

図星だ・・・女の端くれでもこんなに怖いんだからきっと本物の女は『影』なんかよりずっと怖い。

間違いない。

「あのさ、山下さんの事も大切かもしれないけどさ、修二の事も忘れないであげて。」

「わかってるよ」

この間の件でつくづく思い知らされた。

修二や亜紀と美咲。どちらも同じくらい俺の大切な人。

秤になんてかけられない。

・・・それなのに・・・それを忘れて美咲ばかりを大事にしてた俺は最低だ。



修二の家に着いた。

以前は使われていなかった車庫に車が一台停まっていた。

本当に親が帰ってきてるみたいだ。

「こんにちわー」

インターフォンを鳴らす。

『ハイ』

聞き覚えの無い女性の声。

修二のおふくろさんかな・・・

「修二君の友人の者なんスが修二君は・・・」

『少々お待ちください』

本当に少しの間に修二が玄関の扉を開けて顔を覗かせた。

「あがって」

このだだっぴろい家にも馴れてきた。

修二は俺たちの顔を見ることも無く速いペースでばか長い廊下をどんどん進んでいく。

今日はいつもの吹き抜けのあるリビングではなく修二の自室に案内された。



「話って何?」

修二の華奢な背中を覗きながら亜紀が言う。

「もうやめよう」

修二はソファに腰掛ける。

「は?」

「何を?」

「影師」

俺は顔をしかめ、自分の耳を疑った。

「どうして?」

「親と一緒にアメリカで暮らす事になったんだ」

「それだからって別にやめる必要なんかないじゃん!」

亜紀の声がだんだんデカくなっていく。

「アンタは別にかまわないかもしれない。だけど!・・・だけどミズキはいやいや影師になったんだ。

俺が居なくなったら続ける理由なんてどこにも無くなる。・・・だから・・・」

「いつ・・・やめるの?」

「来週の土曜に日本を出るから・・・」

俺の耳にはもう二人の会話が入らなくなった。

影師、解散。

ハードな影師ライフが終わる・・・。

嬉しい?

ちがう

悲しい?

ありえない

ムカツクんだ。修二の態度が。

マジで

マジでムカツク。

「自分で言ったことぐらい自分で責任取れよ!」

それだけ言って部屋を出た。

「ミズキ!」

亜紀が追いかけてきた。

外に出た。

酷い雨だった。

しまった。傘持ってきてねぇ。

・・・そんな事かまわない。

「修二のやろう・・・」

「ミズキィ!どうして反対しないの!」

追いついた亜紀が俺の背中を叩く。

「別に止められるんならそれでいい。」

「じゃあなんで怒ってんの!」

俺は振り向いた。亜紀は顔をゆがめる。

ああ。何度みてもブス。

「修二が自己中だからだよ。勝手に影師やれとか言い出して今度は勝手にやめるだぜ?ばかじゃねーの?」

「それは・・・渡部くんにも理由があるんだよ!」

亜紀が俺の服の袖を掴む。

「話してくれたか?」

それを振り払おうとする。

だけどなかなか離そうとはしない。

「修二が自分の事はなしてくれたことあったか?」

俺は叫ぶような声を出す。

亜紀は恐怖を感じたのか泣き出しそうな顔をして袖を手放した。

「どうして影師を探してるのか、どうしてバカみたく『影』にこだわるのか。」

「ミズキ・・・」

「どうしていきなり海外に行っちまうのか・・・」

自分でも驚くくらい弱弱しい声が出てきた。

俺は亜紀から逃げるように走った。

奴は追ってこなかった。

そのかわり、

「ミズキ!」

奴は大声で叫んだ。

「影師は!・・・あたしらの絆は・・・そんなもろいもんじゃない!!こんなことじゃ終わんない!」



耳を塞いで走った、

俺は泣いていた。

半年近く俺は影師として生きた。

最初は止めたくてたまんなかった。

だけど・・・

修二の楽しそうに笑うかおも、亜紀のやかましい声も

俺にとってもう手放せないものになっちまったんだ。

必死で自分に否定はしたけど・・・俺は影師が大好きなんだ。



「畜生」

明日はあんなに楽しみにしていた美咲の退院の日だってのに。

心が弾みやしない。

悲しみとか、怒りに縛られる事も無く、ただ、実感がわかないんだ。



家に帰って布団の上に飛び込んだ。

修二がいなくなったらどうすりゃいいんだよ!

俺はこんなに修二の事を思ってんのにアイツは自分の事を何も教えてくれない。

突然俺を巻き込んで突然俺を置き去りにしていく。

長い間過ごしてると案外渦の中も居心地いいんだぜ?



俺は頭の上まで布団をかぶり目を閉ざした。

明日になれば少し実感もわいてくるかな?

心も軽くなってるかな?

NEXT