夜。

カレーを食べて、テレビを見て、風呂に入った後、少しモメた。

「いいってば。」

「いいんなら寝なよ。」

「いいってゆーのは遠慮しますって意味だっつの」

「遠慮は大人のすることだろ。ミズキ君」

「修二さん、意味わかんねーから。それ。

何にモメてるかって?寝る場所についてだ。

修二が自分はソファで寝るからお前はベッドで寝てくれ。なんて言うもんだから。

いくら俺でも最低限の遠慮くらいはする。

だけど結局、俺がベッドで修二がソファで寝る事になった。

台のベッドじゃなくて、ホテルに有る奴みたいな。ちゃんとした”ふかふかのベッド”で心底ビビった。

うちは未だに布団なのに…。文明開化だ。欧米文化だ。

「こんなの生で見るのはじめて・・・」

「何言ってんの?あんた・・・」

 

「なんか、無理言ってごめんな。」

ベッドの上で三角座りして言う。

「何で?っつーかそのポーズ何?」

修二は蛍光灯をリモコンで消し、ソファに転がり込んで横たわる。

その濡れた瞳は、月明かりに照らせれて冷たく光っていた。

囚われてしまったかのように目が離せなかった。

吸い込まれてしまいそうなほど、綺麗だった。

だけど、そのどこかに悲しみが隠れていた。

その姿はごく自然と俺の記憶の中に焼付けられていた。

今でもしっかり覚えている。あの時の瞳の、彼自身の色を。

こう言うとまるで俺がモーホーさん(ホモ)のようなのですが・・・。

 

その後、後にも先にも何事も無いかのように俺は眠りに付いた。

そう、目が覚めても。

明日からもいつもと何ひとつ変わりの無い日々をすごすと信じていた。

だけどそれはただの夢だった。

俺の空想だったのだ。

渦に飲まれちまった事に気づいたらもう戻れはしないんだ。

何しろ、あの時の俺はもうとっくに手遅れになってたから。

 

「いでっ」

鈍い音と体中にズシリと来る痛み。

俺は床の上に横たわっていた。

情けない事にベッドから落ちてしまった。

蝉があざ笑うかのように鳴いている。

ケータイを見るとまだ夜中の3時だった。

「あれ?」

起きたついでにトイレにでも行こうと思ったら修二の姿が無いのに気づいた。

とりあえず気になったので奴を探してみることにした。

 

まずはトイレ。当然のごとく誰も居なかった。

次はキッチン。もし奴がここで冷蔵庫の中の食材をむさぼるように食べていたら・・・。

それは微妙に。いや、是非見たい。

だけどそこにも小ぶりの冷蔵庫が置いてあるだけで、奴の髪の毛一本、見つかることもなかった。

それから家中を探した。

なのに修二は一向に姿を現してくれなかった。

「しゃーない。外も探すか。」

何が、どうして”しゃーない”のかよく解らなかったけど。とにかく外へ飛び出した。

もはや修二の居場所は”とりあえず気になったので”の域をとっくに越していた。

ものごっつ気になる!!!

どういうわけか真夜中なのにやたらとテンションが高い俺がいた。

青春。すなわち近所迷惑。

 

修二は意外な場所。そして意外な姿で見つかった。

彼の家から出てすぐのごみ捨て場に、頭から真っ赤な血を流してごみにもたれる形で倒れていた。

「死んでる?」

寒気が走った。

あの目を持つ、あの男がもうこの世には存在しないのか?

生暖かい風が俺の背をなでる。

「まさか、・・・違うよな?生きてるよな?」

彼の手に触れる。

冷たかった。

別の手には小型の銃が握られているのに気づいた。

再び生暖かい風が俺の背をなでる。

「どうしてこんな物騒なもん持ってんだよ・・・」

2,3歩後ずさる。

すると。

「逃げろーーー!!」

さっきまで倒れていた修二がカッと目を開き、声が擦れるほど大声で叫ぶ。

「オイ、生きてたのかよ。」

「とにかく逃げろ!!」

修二は更に叫ぶ。

「何で?」

「いいから。いいから早く!!」

今度は泣きそうな声で。

「ミズキーーーーーーー!!!」

修二が俺の名前を叫ぶのと同時に何かをえぐるような音がした。

腹部にモーレツな痛みが走る。

血が一気に口いっぱいに押し出されて口からこぼれた。

「ミズキ!!」

叫んでるはずの修二の声が小さく聞こえる。

俺の意識は遠のいていく。

後ろを振り向いた。

黒くてキモイ怪物が口を空けてニタリと笑っている。

その口からはデロリと多量の唾液がこぼれおちていた。

そしてそいつの触手が伸びている先を目でたどる。

 

俺の腹だった。

 

俺の腹を貫通していた。

 

穴が開いちゃってたんだ。

どーりで。道理で痛いとおもったわ。

 

何も見えなくなった。何も聞こえなくなった。

真っ暗になった。

 

 

「ミズキ」

甘く、懐かしい女性の声。この声は・・・

「姉ちゃん?」

ゆっくりと身体を起こす。

腹に穴は無かった。

「あれ食らったらフツー即死だろ。・・・お前の生命力、ほめてやる。」

あれ?まさかさっきの触手・・・んなわけ無い。

だって姉ちゃんはあの場に居なかった・・・。ってゆーか居てたまるか・・・。

「は?何言ってんの・・・姉ちゃん」

「ミズキ。俺はあんたの姉なんかじゃないよ。」

姉ちゃんは顔に手をかざす。

するとその姿は一瞬で修二に変化した。

「俺は『光』。この世界の全ての正の感情が作り上げた物。全ては俺、俺は全てだ。

それゆえに、本当の姿は無い。

”奴”にやられた時、瀕死のお前を助けたのも俺だ。」

やたらと難しい事を言う修二は笑みひとつ浮かべていない。

そうか・・・これは夢・・・

きっとさっきのも夢・・・

「夢じゃない」

「は?」

「お前の考えている事なんて筒抜けだ。お前はさっき”奴”にやられたんだ。」

「うそだべ?」

「うそじゃねーよ。」

その証拠に。

そう言って修二はパチンと指を鳴らす。

すると、腹に再び激痛が走った。

腹に穴が開いている。黒くて、怖い、大きな穴が。

「安心しろ。これはお前の記憶の形。だから死にはしない。

まあせいぜい苦しめ。」

修二は嫌味な笑みを浮かべる。

な、なんてムカツク笑いなんだ。キィィ!!

だけどこの痛みは本物だった。

いや、痛み自体は感じはしない。

ただ、身体の一部をえぐられているという感覚が、死にそうなくらい気分が悪かっただけのこと。

「畜生・・・」

「信じたか?田村ミズキ君。」

俺はカクンと首を落とすようにうなずく。

「よろしい」

修二もとい『光』は”正の感情”と名乗るにはふさわしくない嫌らしい笑いを浮かべて言う。

俺の腹に開いた空間は嘘みたいにふさがっていた。

「なあ。俺を殺そうとした奴。あのキモイの。何?

「アレは『影』だ。人の負の感情が集結したもの。」

やっぱりコイツの説明はよくわからん。

「じゃあさ、どーして俺を助けた?」

「素質を見たからだ。」

は?そしつ?何のさ。

間抜けズラしてる俺をシカトして『光』は続ける。

「影が見えた。それが素質だ。なあ、”契約”をしないか?」

「何の。」

「お前を生かしてやるかわりに影を殺してくれ。力もやるから。」

なんだ。そーゆー事か。

「俺、アイツに超ムカついてんだけど。だから超大歓迎だ!!」

「よし。ならばコレを持って向こうの扉を開けろ。

扉の向こうにはお前たちの住む世界がある。」

光は少し大きめの銃を差し出す。

「ありがとな。」

そう言って俺は扉の向こうへと走っていった。

 

ゆっくりと目を開ける。

柔らかで優しい光が俺をつつんでいた。

腹の傷がすぅっとふさがっていく。

不思議と力がみなぎってきた。

右手にはズシリと重い物が乗っている感覚。

『光』に渡された銃だった。

「ミズキ!!」

涙混じりの修二の声。

俺はニィと笑って左手で裏ピース。

「田村ミズキ・・・復活!!」

起き上がって怪物を睨む。

「さっきはよくもミズキ様の美しい腹筋に穴をあけてくれたな!!」

怪物・・・もとい『影』は俺の話をシカトして鋭い触手を俺に向かって伸ばす。

「食らえ!俺の魂の一撃!!!」

銃を両手で構えて引き金を引く。

狙うは怪物の腹!!俺の痛みを思い知れ!!!

・・・が。

「ぎゃあ!!」

発砲による肩が抜けるような感覚に思わず奇声を上げてしまった。

修二よ。読者よ。間抜けな俺を笑うがいいさ。

一応、弾は運よく怪物の胸に当たってくれたので奴は勝手に倒れてすぅっと消えてくれた。

俺は安堵の気持ちで一杯になり、その場にペタリと座り込む。

「ミズキ・・・」

修二が駆け寄ってくる。

「どんなもんだ」

すると奴はいきなり俺の両手を掴んでブンブンと振る。

「すげぇ!!」

「マジ?もっかい言って。」

「あのさあ。ミズキ」

シカトかよ。

「俺の仕事を手伝ってよ」

は?

さっぱり意味がわからねぇ。

・・・仕事?

「仕事って・・・なんですか?町内清掃?」

「さっきみたいな怪物。あいつらを殺す仕事。”影師”ってゆーんだ。」

「やだ!ぜってーやだ。」

即答。

だってまたあんな目に逢うかもしれねえんだろ?

「つーかさ、あれ。あの怪物ってさっき倒した奴だけじゃないの?」

「何言ってんだよ。世界中にうじゃうじゃ居るぜ?」

げ・・・まさか・・・

『光』との会話を思い出す。

”お前を生かしてやるかわりに『影』を殺してくれ。”

ウジャウジャ・・・『影』ってそのウジャウジャを指してたのか?

っつー事は・・・ひょっとして・・・・

断ったら・・・俺、死ぬ?!

「し、仕方ねえなぁ・・・やったるか・・・」

「よっしゃ!!つーかなんで大阪弁?」

修二は嬉しそうに笑うが俺は無理無理苦笑いする事しかできなかった。

そもそもの間違いは俺が奴の家に泊まる誘いをヌケヌケと受けてしまったところに・・・

いや、この男と深く関わりすぎたことにあったのだ。

ああ。並ならぬ後悔。

きっと俺は普通の青春はもう送る事ができないのだろう。

そうして俺と修二の最悪の日々は幕を開けた。

この世界の『影』たちよ。さっさと無くなってくれ〜〜〜〜!!!

#1・END

 

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