#3 三人の傷


誰の心にも傷はある。

どんな小さなことでも、記憶に残る痛い物があるんだ。

修二も 亜紀も 俺ですらそれは同じ。

俺にとっての傷は姉貴との事。

『光』が最初に俺の前に表れたとき、奴は姉貴の姿をしていた。

姉貴の存在は俺にとって大きなもの。大きくて、重くて、辛いもの。

どうしてだと思う?

それはこれから話そう。

 

今回は俺の過去バナ。

亜紀も修二も昔は色々苦労してたみたいだけど、それはあいつらの秘密だから俺は知らない。

だから。唯一分かる俺のことを話してみようと思う。

 

「ねえ、渡部っち」

「何?」

「あたしにも何かできないの?」

亜紀がメンバーに加わってからスタートした駅前のマックでの週に一度の定例会議。

何を隠そうこれは俺のたっての希望で始まったのだ。

学校で亜紀と話すのは正直嫌だった。

亜紀なんかと話しているところと見られたらダチになんて言われるか分かったもんじゃない。

他人の目は怖い。

だからといって一応影師の亜紀と全く会話をしないっていうのも変な話だ。

そういうわけで、うちの高校の奴らがあまり来ることのない駅前のマックで定例会議を開く事を希望したのだ。

 

それと、俺の亜紀嫌いは治まったみたいだ。

あの時の活躍で活躍したこともだけどそれより考え方を変えたんだ。

エスカルゴをカタツムリって考えなければおいしく食べられるように、亜紀を「女」として見る事を止めにした。

友達や仲間として見てみれば、あのだらしなさや、騒がしいところ、そしてあの中途半端さすらも気にならなくなった。

今は面白くて飽きない奴だな〜とか思ってる。

影師メンバーのうっかりハチベェだ。

 

「あたしも田村君や渡部っちの役に立ちたいよ。」

いまだにハチベェ・・・もとい亜紀の能力は目覚めていない。

しかしそんな亜紀を足手まといとも思わずに修二は親身になって奴の相談に乗っていた。

修二様のことだからきっと亜紀の持つ隠れた才能やらなにやらに相当期待してるんだろう。

とにかく奴は貪欲だから。

「ねえ、田村くんと渡部っちはどうやって能力に目覚めたの?」

あ、そーいや修二がどうやって能力に目覚めたか聞いてなかったや。

まあいい。俺から話してやろうじゃないか。徳として聞くが良い。下衆どもが。

「俺は『影』に殺されたときに『光』と契約したんだ。生かしてやるから『影』を消してくれって」

「へぇー初耳だな」

修二はいやらしく笑う。

「だから影師を手伝ってって言ったとき渋々OKしたんだね」

「まあな。で、お前は?」

次は修二だ。コイツの話はかな〜り気になる。

なにせ『影』に対しての執着心は相当凄いもんだから。

きっと能力を手に入れるまでにすっごいドラマがあったに違いない。

「無理やりあの扉をこじ開けた。」

「は?」

「とびら??」

俺と亜紀は顔を見合わせてお互い首を傾げあう。

さっぱりわからない・と。

「『光』の居る世界とこの世界の境の扉。

ミズキの場合はあっちの世界のほうから呼ばれたから向こうからあけてくれたみたいだからね。

山崎は『光』にすら会ってないんだから分からなくて当然だ。」

「それで、その扉ってどう開けるんだ?」

「その前に。」

修二は席を立つ。

「そこでちんぷんかんぷんになってる亜紀に『光』について説明してやって。」

「おい、どこ行くんだよ!」

「トイレ」

修二は手をひらひらと振っていってしまった。

んだよ。自分で説明すりゃいいのに・・・。

「あ、田村くん」

亜紀はキョドリながら自分のバッグの中にある何かを探り始める。

「山崎」

「何スか?」

「田村くんとかじゃなくてフツーにミズキとかでいいよ?」

「あ、ハイ・・・ミズキ君。あの、コレなんスけど・・・」

ようやく何かを見つけた亜紀はそれを俺に手渡す。

20枚ほどのコピー用紙の束だった。

白紙の表紙をめくる。そこには・・・

『よいこの発砲〜ピストル編〜』

「何ですか?これ」

「ピストルの発砲の仕方の講座。」

「・・・発砲してる時点で”よいこ”もクソも無ぇだろ。」

「ネットで調べてきたんス。姿勢から書いてあって図解付きだし一番分かりやすかったから・・・。」

世界は広い。

特にネット界はホンットに広い。

こんなサイトを作った人間の気が知れない。

もっとも。俺もよくわかんないサイトを作ってる奴をひとり、よ〜く知ってるんだけど。

「まあいいや。貰っとくよ。」

「ありがとう」

それはこっちの台詞だろ。

亜紀のそういう抜けたところが俺は好きだ。

「で、『光』のことだけど・・・」

・・・にしても修二の奴、遅いな・・・。

トイレと買い物が長い奴は嫌われるんだぞ。

 

更に5分は待たされた。

 

「ごめん、待った?」

「待った?じゃねーよバカ!」

「・・・少し覚悟を決めてたんだ。」

修二はそう言って笑ったまま目を伏せる。長い睫毛がチラリと見えた。

ドキリとする。

コイツは・・・俺の知ってる奴に少し似てるんだ。

もっともソイツは女なんだけど。

「今から見せるものにヒクなよ?へこむから。」

「バカ。ヒクかよ」

「そう言ってもらえると安心するな・・・」

俺はひとつため息。

あったくもう。何を心配してんだか・・・。

あんな貪欲な姿見てきてお前の何にヒかなきゃなんねーんだよ。

「これだよ。鍵は。」

修二は自分の右腕の袖をまくって手首をあらわにさせる。

「!!」

「ごめん」

修二は申し訳なさそうに頭を下げた。

常に明るい修二がこんな思い詰めた表情をするのも無理は無い。

俺は大丈夫だけど亜紀はヒいてるかもな。

「なんだ。」

しかし、以外にも奴はヘラヘラと平気な顔をしていた。

さも見慣れた光景を見ているように。

「あたしも。渡部っちとおそろ。」

潔く袖をまくって俺と修二に手首を見せ付ける。

「修二・・・亜紀・・・」

俺は笑うことができなかった。

決して修二と亜紀に同情をしているわけではない。

俺自身の思い出が浮かんできて苦しくてたまらないのだ。

自分でも分かるくらいあからさまな自嘲の笑みを浮かべる。

「俺も仲間に入れてくれよ。」

少し躊躇してから左腕の袖をまくる。

体中に一瞬、血がめぐる。

つけた日も、時間もしっかり覚えている。

いや、忘れられるもんか。

それは苦し紛れに自らがカッターナイフでい刻んだ痛みのあと。

 

まさか修二や亜紀までやってるとは思わなかった。

「「意外・・・」」

修二と亜紀が声をピタリとそろえて言う。

え・・・・・・

「何でだよ!!!」

「ごめん、フツーにヒいた・・・」

修二が露骨に嫌な顔をする。

ごめんじゃねーよ!!ヒクなっつったのお前だろうが!

「ミズキ君のキャラじゃないよね〜」

「ね〜」

畜生・・・二人そろって・・・

「つーかさ。むしろ笑い事だよ。それ」

修二は開き直って声を出して笑う。

笑えるわけねぇだろ!!

「なんかさ〜ミズキ君って自殺って言葉知らなそうじゃん。」

「むしろ不慮の事故系だよね」

お前らいい加減にしろよな・・・

「あれ、ミズキがツッコまない・・・」

「凹んじゃったよ」

「凹んでねーよ!」

ただ、少し思い出した。

あの人のことを。

あの日のことを。

手首の傷がどうしようもないくらい痛い。

胸はもっと痛い。

「まあいいや。安心したよ。二人ともありがとう」

修二ははにかんで安堵の息を漏らす。

いや、まあよくないから。

「で、自殺と扉に何の関係があるの?」

「死に近づいたとき、『光』に会いたいと強く願えば扉は開くんだ。

俺は一度目で狙撃能力を。二度目で治癒能力を手に入れた。」

「ちょっと待てよ!お前、まさか能力のために・・・」

正直コイツならやりかねない。

修二は黙って首を横に振る。

「流石に違うよ。家族と折り合いが悪くてな。『光』の存在はたまたま知ってたんだ。

それで遠くなってく意識の中で、『光』のことを思い出して、見てみたい・・・そう思ったんだ。

この世の全ての希望の塊を・・・」

修二は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「ごめん」

唇からつぶやきのような声が思わずもれる。

その日はそれでお開きになった。

 

その夜

新しくできたカノジョと駅前通を歩きながら、ぼんやりと”あの日”のことを思い出していた。

俺の右手の指はしっかりと左手首の傷をとらえている。

思い出す。

ゆっくりと浮かんでくる。

記憶の欠片たち。

 

姉貴の長い睫毛。清い笑顔。

俺の涙。汚い血。

 

自然と血の巡りが早くなって、胸が痛くて、無性に叫びたくなる。

それをグッと抑えて、

「ごめん。今日は帰っていい?」

相手の返事も聞かずに俺は走って行った。

まるであの日の記憶から、左手の傷から逃げ出すかのように・・・。

 

汚い血が飛んでいる。

俺が、泣いている。

 
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