あの日、僕は僕を殺しました。
それは断罪の意を込めて、
全ての悲しみと苦しみから己を切り離すために。
僕は僕を殺しました。
涙で前がよく見えなかったけど、どす黒くて汚い僕の血がいっぱい流れてくるのがわかりました。
僕は汚いんです。
汚い血を持つ罪人です。
誰か、僕を殺してください―――
案の定、行き着いたのはあの日の我が家だった。
「姉貴・・・相手の人はどう?」
ひどい土砂降りだった。
まるでミズキ少年の心の中を表しているようだ。
2001年、6月22日。
今から2年前、中二の時だった。
俺は罪を犯した。
「とってもいい人。今日家に来てくれるから紹介するね。」
姉貴は結婚することになった。
知らされたのはその前の日。
そして今は親が出かけてふたりきり。姉弟水入らずの時間を過ごしていた。
「あのさ、」
口ごもりながらミズキ少年が言う。
「何?」
しばらく沈黙。
こんな奴にも姉貴はにっこりと天使のような笑顔を浮かべてくれる。
なんて優しい人なんだろう。
胸が痛む。
「なんで俺じゃなかったの?」
ぼそぼそと小さい声で早口で言う。
「え?」
「何で俺じゃなかったの?」
今度は大声で、叫ぶように。ミズキ少年は立ち上がった。
姉貴はその言葉を冗談だと思って笑い飛ばす。
「なんでって・・・聖尋樹ったら・・・面白い・・・。」
「籍とか入れなくても愛し合うことはできる。近親相姦で障害児が生まれても死ぬ気で育てる!
何より俺には愛があるんだ!だから!!!」
みるみるうちに姉貴の顔から笑顔が消えていった。
どうやら彼の本気を悟ったらしい。
「聖尋樹・・・何言ってんの?」
「俺は姉貴を愛してるって。婚約者なんかより、どんな男より、俺が。俺が世界で一番姉貴を愛してる。そう言ってんだ!」
ミズキ少年は机をドンと思い切り叩く。
・・・このあとの事は・・・見たくない。
耐え切れずギュッと目を閉じる。
闇の中、聞こえてくるのは姉貴の悲鳴。泣き叫ぶ声。
そして奴の荒々しい息遣い。
耳を塞ぐ。それでも聞こえてくる。
声がかれるほど思い切り叫んだ。
「やめてくれ!!!!!」
もう・・・見たくないんだ。
ミズキ・・・頼むから・・・もうやめてくれ・・・
姉貴と奪おうとするのはやめてくれ・・・
閉ざした目から涙が溢れ、零れ落ちていく。
再び叫ぶ。
叫ぶのを止めたら声が聞こえてしまうから。
「無理だったのになんで好きになったんだよ!!」
悔しくて。
姉貴を奪えなかった事が。
歯がゆくて。
自分の理性が狂った感情を抑えきれなかった事が。
悲しくて。
この後の俺の辿った道が。
何度も何度も床を叩いた。
手が赤くなるまで、何度も、何度も。
しばらくして男がヒステリックに叫ぶ声が聞こえた。
同時に鈍い音。
ゆっくりと顔を上げた。
姉貴の婚約者の男がミズキ少年の胸倉を掴んでいるところだった。
姉貴は脱がされた服を拾って肌を隠す。
恐怖で小さく震えていた。
「お前!何やってるんだ!!!」
ミズキ少年は自らをあざ笑うかのような笑みを浮かべ、
「頭オカシイです。俺。」
殴られた。
何度も、何度も。
「殺してください。俺は罪人です。だから・・・」
殴られ続けた。
オカシクなんかない。
ただ、死ぬほど好きになる人を間違えただけ、それだけなんだ。
愛は人を野獣にも変える・・・
しばらくして親が帰ってきた。
姉貴はお袋に泣きつき、
ミズキ少年に馬乗りになって殴り続けていた婚約者は親父に押さえつけられた。
ミズキ少年はすでに気を失っていた。
頭の中が真っ白になる。
夜になっていた。
ミズキ少年の精神病院行きが彼の居ない家族会議で決定された。
俺はミズキ少年の部屋へ向かった。
彼は布団にくるまってうずくまっていた。
そして突然起き上がり、痛む身体をずるずる引きずって大きな鏡の前に立った。
Yシャツを脱ぐ。
姉貴の婚約者に殴られた痕の青痣が体中を這うようにつけられていた。
「こりゃあ酷いわ」
奴は声を出して狂ったように笑い出した。
ボロボロと涙も出していた。
そして学習机の上にあるペン立てからカッターナイフを引き抜き・・・
飛んだのは汚い血だった。
俺の意識はプツンと途絶えた。
「どうだった?」
『光』は愉しそうに言う。
『光』の世界に戻ってきたみたいだ。
「最悪。」
奴を睨む。
「俺は最高だったぞ?かなり見ごたえがあった。」
「ありやとーございやす。」
まともにテンションが下がってたので返事も自然と適当になった。
「まあそう沈むな。約束のモンだ。」
光は小箱を差し出す。
中には赤、緑、白の三つの銃弾。
「これはあくまでサンプル。銃と同じ要領で出してくれ。
赤の効果は人に憑いた『影』を追い出す。
緑は広範囲用。威力も超ド級だ。3発で日本沈没な。」
緑・・・絶対使わねぇ・・・使うもんか。
つーか超ド級なんて今時ラッパーぐらいしか使わねぇよ!!
「そして白は人専用。」
「使えるか!!!」
「違う。そっちの意味じゃない。打った相手の『影』に関する一切の記憶を消せる。
能力者に撃てばその能力ごと消し去れる。」
ああ。それ使えるかもしれない。
春と一緒に居るときに『影』に会った時とか言い訳を作ってわざわざどっかに行く手間も省けるわけだし。
「それじゃあ俺、帰るわ。」
「またな。」
「なるべく来ねーかんな。」
もう一生いきたくない。
俺たちの世界につながる扉を思い切り開けた。
「ん・・・」
目を覚ます。
亜紀がソファの上ですごい寝相をして寝ていた。
コイツ・・・意外に胸、デカ・・・
あ、どうしよう。
それでもヤりたいとかいう気が全く起きない。
果たしてこの女に彼氏が出来る日は来るのだろうか。
修二と目が合った。
「もう終わったのか?」
「まあね。ミズキが遅かっただけだよ。ハイコレ。」
修二はホットコーヒーの入ったマグカップを差し出してくれた。
「あ、雨だ。」
「やべっ帰れないじゃん。」
落胆。
O駅から家までチャリなのに・・・
「仕方ない。もう少しココに居っかな。」
ため息。
帰る頃にはドラマ始まってるだろうな。
そうそう。光に穿られたあの日の出来事の続きなんだけど、
自殺を図った俺は残念な事に家族に発見されちまって、精神病院に入院する事になった。
その間に姉貴の結婚式は済まされてしまった。
姉貴は見舞いに来てくれたけど、医師の指示か、あの日のことはまるで無かったかのように扱われた。
今、姉貴は旦那と二人で東京暮らしで妊娠8ヶ月。もちろん、俺の子じゃない。
俺もあの日のことを姉貴みたく『無かった』ことにするため、何人もの女と付き合った。
だけど。時々姉貴を思い出してはその度に手首の傷と胸がぎゅっと痛んだ。
あんなに人を好きになったのは、きっとあの人が最初で最後だ。
「ミズキ?」
修二は心配そうに俺の顔を除きこんでいる。
「ああ。なんでもない。それよりゲームでもしようべ。」
姉貴の顔が脳裏をかすめる。
胸が痛んだ。
だけどその痛みは以前よりずっと和らいでいた。
なぜなら今の俺には修二や亜紀のような境遇の似た大切な仲間が居るから。
落ち着いたら姉貴に自分の足で会いに行こうと思う。
弟として、甥っ子を見ないとな。
そして伝えたい。
俺はもう大丈夫だから。
手首の傷が痛んだ。
心は落ち着いていた。
あと少し。
あともう少しで、俺の影は光に変わる。
HOME